【書評】 コンセプトのつくり方

By | 2016年3月21日

本屋でウロウロしているときに手を伸ばした本。

(いつもウロウロしてるわけじゃなくてたまーに)

 

ハードカバーだ。

(パラパラ)

おっ、薄くて読みやすそう。

 

コンセプトのつくり方 たとえば商品開発にも役立つ電通の発想法

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著者にはむちゃくちゃ失礼なんだけど、本の中身は濃かった!!

 

はじめに、で冒頭からうんうん頷いて読んでました。

「でさぁ…それってデータで証明されているの?」

(中略)

過去の情報をどれだけ客観的にいじくりまわしたって「その手があったか!」という突破口なんで見つかるわけでもないのに、なぜかきょうも彼らは大威張りです。

いる!うちにも、大勢いるよ!

誰が見ても自明なことにわざわざ客観的な裏付けをいちいち求めてくるヒト(あえてここでは人ではなくてヒトと書かせてもらう)いるよね。合意形成には、その場の雰囲気やノリは許さない!って、「正義」を振りかざしてくるから面倒くさいったらありゃしない。

客観的なデータが必要だって?

なら、勝手に集めてくれ。

自分は、自分の判断で決めたんだから。失敗したら責任をとる(とらされる)。で終わりでいいじゃん。大勢の判断の中から判断するのは上の人の役目でしょ。現場の人間が、判断をいちいち戦わせていたらキリがないし時間ももったいない。

 

組織や会社にこだわると、そういう考え方に凝り固まるんだろうなぁ。。

 

客観的なデータを揃えて合意形成してしまったら、「失敗したときに誰も責任とらなくなる」から、そんなデータは要らないでしょ。むしろ、現場の責任にされるのが落ちだよね。コアロジックは自分の頭の中、必要最低限だけ表に出す。と。

そんな大胆な行動に出ると、迷惑をかけるという上司が居ないというのが、根本的な問題なのかもしれないけど、それは会社の中に居ると「どうしようもない」ね。ここは勝てない勝負をしてもしょうがない。

ビジネスの世界に蔓延する「『正解』という幻想」。

コンセプトは「その手があったか!」と身体的・直感的に進むべき方法を示す言葉です

「本当にそれは正しいの?」「もっと他に『正解』があるんじゃないの?」と問い詰めて、せっかくの可能性を台無しにしてしまう

著者は、「強迫観念」と表してる。攻めきれない会社って、上のようなやりとりが多いんじゃないかな。客観的なデータがないとリスクをとれないという状況。

正解を追わないアプローチとして、書道家がまず理性(要はロジカルシンキング)によるアプローチを徹底的に習得したうえで初めて身体がかつようできるようになることをヒントに、「身体」と「脳みそ」の一致を挙げている。

コンセプトは単なるおもいつきではなく、「ビジョンの実現に向けて課題を解決する新しい視点」

新しい視点で論理的に課題を解決できなきゃコンセプトとしてはだめなんだな。これは「脳みそ」の話で、現場が意識すること。

イノベーションは「ひとの行動・習慣・価値観にもう元に戻れないような変化をもたらすモノ・コト」

これは、その製品やサービスを使うユーザー側の話。単なる技術革新を超えて、ユーザーが「もうこの製品(サービス)は手放せない!」ってなったらイノベーション成功!ってことだよね。

 

そうか、「身体」ってのは、自分のカラダである必要はないのか。「脳みそ」が課題を解決した結果、他の人の「身体」がついてきてくれてもいいと。

「わが子のためにモノをつくったら、広く愛される商品になった」

「自分が感動していないのに、ひとを感動させることはできません」

ついてきてというと、ちょっと恩着せがましいけど、自己満足ではなく、他の人のためにするという視点が「身体」の基本なんだろうな。

 

あれっ?自分は誰のために製品を作ってるんだ?


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