【書評】 誰がテレビを殺すのか

By | 2016年6月20日

殺すなんて穏やかじゃないタイトルだけど、

テレビを殺すとか殺さないとかははっきりいってどうでもよくて、必要ないならテレビは無くなればいいというのが自論。

この本は、「フジテレビの凋落」にスポットを当てて、その原因を様々な角度から分析しています。

 

その中に、思わず納得の件があったので紹介します。

 

組織的に人を育てようという文化がない。フジ社内からはそうした声も多く聞かれる。上が細かく口出しし、若手に制約を一任しきれていないためだ。それとは対照的なのが、14年度の視聴率3冠王、日テレだ。

編成を担う小杉善信専務は「早い段階から若手を一本立ちさせ、ディレクターとして、全てを自分で決めなければいけない『孤独感』を体験させるようにしている」と話す。

 

これこれ。むちゃくちゃ大切。

今は、「若手教育」という名のもとに、「現場にいかに口出し介入するか」という日テレとは真逆のことが行われている会社が多いんじゃないだろうか。人によって感じ方はかわるから教育に良いか悪いかで区別できるようなものではないけど、「自分で決められない」仕事ほど苦痛なものはないんじゃないか?

 

例えば珍獣ハンターの企画も「子供たちに野生生物を見せたい」という思いから生まれたもの。先輩たちから「野生生物なんて過去に散々取り上げていて新しくない」と言われてたというが、「それは製作者の一方的な目線」だと反論する。

 

根底にあるのは徹底した視聴者目線だ。

 

ユーザ目線とか視聴者目線とか消費者目線とか、〇〇目線という言葉は多いけど、結局、「自分が納得して作りたい番組を作っている」ということなんじゃないだろうか。他人からとやかく言われようがコンセプトを曲げずにシンプルに作る。

でも、これ、難しいよね。会社の中の政治的な話は避けて通れないようなことも多くて、本当なら割り切ってすっぱりと捨てられるようなモノが相手との関係を考慮して捨てられないとか。関係を考慮ってなんだよ!!

政治家目線で仕事するなよな。。第三者に検証してもらわないとならなくなるじゃないか。。

 

芸人を多数擁する吉本にとって、テレビの制作現場に息苦しさを感じる芸人が増えているという事情も見え隠れする。テレビは年々、自主規制やスポンサーへの配慮から自由度が低下し、同じような作りの番組が増えているのは前述の通りだ。

同じような作りの番組ってところにものすごく同感。文字情報ばっかりの番組表だと気づきにくいけど、「ティーバ」の番組サムネイル画像を見ると、どれも同じような番組に見えるもんね。


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