通勤電車の中で暇つぶしに読む本の威力はすごい

By | 2015年8月20日

松岡真宏 (2014). 時間資本主義の到来 草思社

を読みました。

電車の中ではなくて家で、ですよ。

通勤電車の中でぼーっと座っている時間や、待ち合わせの時刻になるまで喫茶店の中で暇をつぶすような、従来は”無駄に捨てられていた”時間が、スマホなどの携帯デバイスの発展に伴い、友達や仕事のメールを送ったりすることができるようになった。この本の著者は、このような時間を「すきま時間」と呼び、今までスポットライトの当たってこなかった時間の価値をいかにして高めるのかについて紹介しています。

私も会社までの通勤時間が1時間30分を超える”長旅”のせいで、電車の中の時間はもったいないと思っている口です。

スマホを持つ前までは、通勤電車の中って何をしてたのかなー、と思い出してみると、大抵は寝てたんじゃないでしょうか。

始発の電車で席に座れるように並んで待ちます。朝の通勤は都内への上り電車になるので、座れるかどうかはその日一日の体力のペース配分に大きな影響を与える重要な要素でした。ただし、始発電車の時刻は早く、そのために家を出る時刻も早める必要があり、どうしても電車の中で座っていると眠くなってしまうのでした。

でも、スマホが登場してからはどうでしょう。ほぼ毎日のようにスマホをいじってます。皆さんも同じではないでしょうか。私はスマホを持つようになったのが2011年の震災の少し前で、誰に言われたわけではなく、自然と通勤電車の中ではスマホで暇をつぶすようになりました。あの当時はスマホもまだそれほど普及しておらず、サラリーマンの定番の新聞や本、DSなどのゲームで暇をつぶす人がまだまだ多かった記憶があります。

それが今や、右を見ても左を見てもみーんなスマホ。電車の中は、スマホをいじっているか、おしゃべりしてるか、寝てるか。の3種類の人間に分けられる勢いです。音楽聞いている人の数もずいぶん減った感じがします。

電車の中のスマホって、見慣れた光景になったんですね。

著者はこうも言っています;

技術によってさまざまなことがコモディティ化していくと、人は自分だけの体験を求めて一層のリアルを志向するようになる。

この一言には強く同意します。ある種の優越感でしょうか。スマホを持った当初は、周りでスマホを使って暇をつぶしている人はほぼゼロ。今まで寝て終わっていた通勤電車の中で、一人、先進気取り(私はスマホ持っているよ的な)だったと思います。

実際、電車の中で初めてWebサーフィンしたときの興奮は ガラケーでi-modeのページを見るのとはくらべものになりませんでした。

今日まで意識したことはなかったのですが、寝るだけで無駄に捨てていた”通勤時間”がWebサーフィンをして有意義に過ごすことができるという興奮だったのだと思います。

そんな興奮は遠い昔、皆が皆スマホをいじっている今はそんな興奮(優越感)は全く湧いてきません。

人が誰も試していない方法で時間をつぶすことができれば、あのときの興奮をもう一度味わえるんでしょうか。

電車の中で「自分だけが体験できるリアル」って何でしょうね。

この前、今流行りの「原点への回帰」に倣って、通勤電車の中で本を読んでみました。このとき読んだ本はすっかり忘れてしまって紹介できませんが、一度でも経験したことがあるからでしょうか、特別興奮を覚えることもなく、そのまま眠りの世界へと落ちていくのでした。。

こういう視点でTVというモノを考えると、また違った製品が出てくるような気がします。

ではでは。


スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です